今回紹介する絵本は、
『300年まえから伝わる とびきりおいしいデザート』
(エミリー・ジェンキンス 文/ソフィー・ブラッコール 絵/横山和江 訳 あすなろ書房、2016年)です。
この作品は、ヨーロッパの最古のデザートと言われるフルーツ・フールのひとつ、
ブラックベリー・フールをめぐる4つの時代(1710年、1810年、1910年、2010年)
の子どもと保護者、そしてその家族をめぐる風景と時代背景を描いた作品です。
子どもといっしょに読むと、
さまざまな時代にあっても子どもと保護者がおいしいお菓子を作り、
そのお菓子を「食べてみたい!」と気持ちが高まっていく作品です。
実際、当時小学校低学年だった娘と私も、
「ブラックベリー・フールってどんな味なんだろう?」と興味がわき、
ブルーベリーで代用して作りました。
その時の記事は、こちら。
絵本で描かれるブラックベリー・フールを含むフルーツ・フールの作り方は、
フルーツをつぶし、生クリームを泡立て、混ぜ合わせ、冷やすという工程があります。
時代によって、その工程が変わりゆく様子が描かれるのですが、
その背景に社会の変化があることが分かります。
ブラックベリーと生クリームがどのように家庭に届けられるのか、
どのように生クリームを泡立てるのか、どのように冷やすのかという工程は異なります。
物流、調理道具をはじめとする電気器具の発展、
食料の保存方法など、食べ物をめぐる歴史の変化を知ることができます。
「手が疲れるなあ」と言いながら生クリームを泡立て、
絵本に描かれる子どもたち同様に泡だて器についたブルーベリー・フールをなめ、
冷蔵庫で冷やし、わくわくしながら食べました。
最古のデザートの材料は、砂糖と生クリームとブルーベリーでできています。
現代のお菓子と比べると、素朴な味のデザートでした。
このコラムのために久しぶりに絵本を見返していると、
娘が「めっちゃシンプルな味だったよね」と声をかけてきました。
私は、すでに一緒に作ったことを忘れていて、
「ああ、そうだった」と思い出しました。
忙しい日々をおくっていると、
どうしても日常のなかにあるささやかな出来事は忘れてしまいがちです。
それでも、娘の心には確かに残っていて、
私も、当時の娘を思い出しなんだか心がほっとしました。
振り返ると、一緒に読んだ数々の絵本には
共に過ごした日常がぎゅっと詰まっているのかもしれません。
お菓子作りという営みも、
ささやかだけれどもほっとする思い出とともに
あるものではないでしょうか。
この作品は、時代を超えて、
そうした日常の営みにあるささやかな喜びを
丁寧にすくいあげ描いた作品です。
そして、作者と画家による丹念な取材のもとに、
日常を形作る社会の情勢とその変化が描かれています。
登場する家族のなかには、奴隷制度のなかを生きる黒人の親子も描かれます。
最初の3つの時代では母親と娘が描かれますが、
2010年代では父親と息子がお菓子作りをしています。
当時は、年齢もあってお菓子づくりにしか着目できませんでしたが、
私たちの生活がどのような社会の影響とともにあるか、
さまざまに語り合う素材となる絵本であるように思います。
(ちゃいるどネットOSAKA vo1.112 2023.2掲載)